移籍金が年々高騰する状況を懸念する声が新型コロナウイルスの蔓延を機にイタリアでさらに大きくなっています。ユベントスのパラティーチ CFO は「NBA の移籍形態を参考にすべき」と口にしていますが、現時的ではない部分もあります。
今回はその点における問題点と解決策を例示することにしましょう。
■ NBA におけるチームと選手の関係性
パラティーチ CFO が参考例にあげているのはバスケットボールの NBA です。「チーム運営」や「移籍形態」で特徴的なのは以下の点でしょう。
- トレード
- 『選手』と『金銭』が交渉カードなのはサッカー界も同じ
- 『ドラフト指名権』もカードになることが特異
- サラリーキャップ
- 年俸の上限を定める制度
- 閉じたリーグであるから戦力が拮抗する
- ドラフト
- 新戦力を獲得する主要手段
- NBA には下部組織がなく、サッカー界とは真逆
『NBA モデル』を欧州サッカーに導入できるかと言いますと、無理と言わざるを得ません。「選手トレード」と「金銭トレード」はサッカー界でも行われていることであり、参考になりません。
NBA のチームがトレードに積極的なのは「若手有望株を囲い込むことが不可能」という事情もあるのです。そのため、構想を現実化することは絵に描いた餅になることでしょう。
■ サラリーキャップは「他協会同士での対戦」が前提の UEFA の主催大会との相性は悪い
ユベントスは「イタリアのクラブでは圧倒的な売上高」を記録しています。ただ、欧州全体では10位と上位勢からは水を開けられていることが現状です。
そのため、サラリーキャップが導入されることでレアルやバルサなど収益力のあるクラブとの戦力差を埋めることが期待できるでしょう。
ただ、その際にネックとなるのは「他協会との対戦」が UEFA の主催大会では前提になっていることです。サッカー協会は「1国1協会」が原則であり、国の経済力には差があることが当たり前です。
つまり、本拠地を置く国に経済力があるサッカークラブほどサラリーキャップを通して自分たちが上げた収益が他国のクラブに移転されるという事態に見舞われることになる恐れがあるのです。ビッグクラブほど大きな反発をする制度が受け入れられる可能性は低いと言わざるを得ません。
もし、無理にでも実現してしまうと今度はイタリア国内のプロビンチャから「セリエAにも UEFA が採用しているサラリーキャップを入れるべきだ」との声が上がり、賛成多数で可決されるのは避けられません。
「チーム総年俸が1億ユーロを超過した分は『ぜいたく税』の対象」となれば、イタリアではユベントスが最も大きなダメージを受けることになります。したがって、現状のままではサラリーキャップ制度の導入は非現実と言わざるを得ないでしょう。
■ NBA では「下部組織」や「期限付き移籍での武者修行」で若手有望株を囲い込めない
また、サッカー界と根本的に制度が異なっているのは「NBA では若手有望株選手を囲い込めない」という点です。
サッカーではユースチームを持つことが当然で、どのクラブも世界中から “金の卵” を発掘することに躍起になっています。獲得した選手は「期限付き移籍」などで経験を積ませるなどもサッカー界独自のものです。
一方で NBA に下部組織はなく、「大学」が育成機関と2部リーグを兼ねる形です。つまり、「トップチームの登録選手しか抱えることができない」という条件でクラブ経営をしているのです。
選手を獲得するには「トレード」と「ドラフト」の2つが中心です。ドラフトは「成績の悪かったチームから順に獲得選手を指名していく」のですから、上位勢が指名する時には有望株選手は残っていないでしょう。だから、トレードに注力せざるを得ないのです。
したがって、抜本的に価値観を変えない限り、『NBA モデル』を欧州サッカーに導入することは困難と言えるでしょう。
■ 欧州スーパーリーグなら、『NBA モデル』で運営することは可能
現時点で『NBA モデル』を導入する可能性が最も可能性があるのは「欧州スーパーリーグ構想」です。
- 初開催から20年は降格がない
→ 実質的に “閉じたリーグ” - UEFA チャンピオンズリーグよりも報酬が多い
「強欲」とのバッシングが出ている欧州スーパーリーグですが、『NBA モデル』を導入する前提は上述のようにあります。後は選手の獲得方法をドラフト形式にし、下部組織を国内リーグに残すなどの形でクラブは維持できます。
- 選手獲得
- スーパーリーグに所属する:『トレード』
- スーパーリーグに所属しない:『ドラフト』
- サラリーキャップ制を導入
- ドラフト
- スーパーリーグに所属するチームの25選手登録枠外の選手が指名対象
- 戦力均衡を目的に完全ウェーバー制で実施
- 下部組織
- 保持することは可だが、ドラフト時の選手プロテクトは不可
ここまで劇的にやるかは不明ですが、“議論の叩き台” として提示されたとしても不思議ではないでしょう。
コロナ禍によってサッカー界への変化が生じることは不可避ですから、思わぬ形で『欧州スーパーリーグ構想』が再燃しても不思議ではないと思われます。